『ミリオネアになりたい』

子供の頃は、クイズ番組が大好きだった。
それを徐々に見なくなった、まさにその理由が、
小説「ぼくと1ルピーの神様」に書いてあったので驚いた。

スラム街の少年は、こう答える。
「僕ら貧乏人だってクイズは作れます。
僕らの出した問題は、金持ち連中には絶対に答えられませんよ。
僕は月に最初に降り立った人間は知らないけれども、
ダラヴィで最初に違法DVDを作った男なら知ってる。」

クイズとはそういうものだ。

今どうなっているかは知らないけれども、かつて日本のクイズ番組といえば。
もう廃刊になってしまった平凡社の雑学本がネタ帳だった。
問題の多くはもはや定番化していて、どれだけ多くを暗記できるかが勝負になっていた。
流れを作ったのは、主に大阪・東京のクイズ研究会で、
その出身者は現在のクイズ番組の制作ブレーンにもなっている。

とある番組の控室でのこと。収録を終えたばかりの一般解答者が、
この問題はよく聞く、あの問題はどうこう、などと論評しているのを聞いて、
北海道から出てきて数年の僕は、ちょっとついていけないと思った。

今になって思えば、僕はクイズではなく、ゲーム番組が好きだったのだと思う。
そして、今の「クイズ」番組には「ゲーム」としての魅力は無いと思ったのだろう。
「このゲームは公正ではない」とも、思ったかもしれない。

そしてクイズの問題も、次第につまらないと感じるようになった。
なぜかというと、その後の人生において直面した「問題」は、
それはもう難題ばかりで、間違えていようがなんだろうが必死で取り組むほかなかった。
それと比べたらクイズ番組に出てくる「問題」は退屈すぎたし、
覚えたところで、僕の生活には役に立ちそうに無かった。

だから、冒頭のセリフを読んで、本当に驚いたのだ。
そして、なんだかワクワクしてきた。
僕はクイズ王にはなれないけど、ミリオネアにだったらなれそうな気がするよ。
ぼくだってミリオネアになりたい(>_<)

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